アメリカ横断の旅(2/5)
アメリカ横断の旅(1/5)はこちら→https://www.eastwestcanada.jp/blog/archives/5228
さて、サンフランシスコから次に向かったのは、灼熱地獄デスバレー
19世紀半ば、金を求めて大陸を移動していた開拓者らは、荷馬車とともにカリフォルニア州へと向かっていた途中、このデスバレーに迷い込みました。生き残るために数頭の牛を食べながら、この谷に数多く存在する泉から飲用水を確保し、命からがらなんとかこの死の谷を越えることができました。
谷から脱出した直後、団員の一人が「グッバイ・デスバレー(死の谷よ、さようなら)」と言ったとされており、これがデスバレーという名前の由来とされています
死の谷、というなんとも恐ろしい名前のついたこの国立公園には、しかし、想像を絶する驚愕の世界が広がっていました。
青い空、白い塩、縦20キロ横25キロの谷底。。。
思わず言葉を失ってしまいました
そして、これがデスバレーからの帰り道に撮った写真
この山を越えて、次に私たちが向かったのは、夜の街ラスベガス
夜になると、イルミネーションが一層引き立ちます
そして、ベガスと言えばカジノ
街にいるおそらく8割くらいの人たちが、お酒を片手にカジノで遊んでいました(笑)
その夜、私たちはレストランをはしごしながら、朝の3時頃まで食べて、飲んで、語って、ラスベガスならではの夜を存分に楽しみました
次の日、私たちはグランドキャニオンへ向かいました
いつも通り、カーナビでポイントを設定し向かいました
途中、大通りから脇道へ入ると、だんだんと道がワイルドになっていきました。
こんな感じ。
マリオカートみたいだね~なんて2人ともテンションマックスで、スピードを出しながら超楽しんでいました(≧∀≦*)
急カーブでスリップしたり、坂でスピード出しすぎて車がジャンピングしたり、、、(笑)
そして、
パンクしました(笑)
森の中、人影は無く、助けを呼ぼうにも携帯は繋がらず、さらに悪いことに、日が暮れ始めていました。
しかも、急いでカーナビで調べなおすと、私たちはなんとグランドキャニオンに向かっていなかったんです。
ここで、私たちははじめて自分たちの置かれている状況に気づいたのです。
遭難っていうやつだ!!!と(笑)
もしこのままここで遭難してしまったら、野生動物に襲われるか、夜の寒さで凍死するか。。。
いずれにしても生きては帰れないなと覚悟しつつ、とにかく日が暮れる前に大通りに出て助けを求めよう!ということで、パンクしたままのタイヤでひたすら走り続けました
ごめんね、ごめんね、、、
でも私たちの命には代えられない
走り続けること約20キロ、私たちはなんとか一番近くの村にあるガソリンスタンドへ到着しました。
すると、がたいの良い男性がすぐに駆け寄ってきて、「お前ら大丈夫か!?俺が修してやるから心配するな!」と言うなりタイヤをスペアに代えてくれたり、修理会社の電話番号を教えてくれたり、、、
挙句の果てには、その夜、彼の家に泊めてくれたんです!!!
神!!!
こちらがその神!!!
見ず知らずの日本人を家に招いてくれた上に、シャワールームを使わせてくれたり、コーヒーを淹れてくれたり、ベッドまで用意してくれて、、、
本当に感謝です。
遭難に感謝、出逢いに感謝、彼に感謝、、、
翌日、レンタカー会社と連絡を取り、車をけん引してもらって下町まで戻り、
「お前たちどうしたらこんなになるんだ!?」と問い詰められ、さんざん「クレイジーだ!」と罵られたあと、無事に車を代えてもらえましたとさ
次回は壮大の景色グランドキャニオンとアンテロープ・キャニオン、そして神秘的なスポットモニュメントバレーとセドナの素晴らしさをお届けします
アメリカ横断の旅(3/5)はこちら→https://www.eastwestcanada.jp/blog/archives/5279
デスバレー
http://www.nps.gov/deva/index.htm
ラスベガス
http://www.visitlasvegas.jp/
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